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ブレスオブザワイルドについて語るつもりが人類史とか人工知能の話になった話(2)

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昔と現代で変わらないこと、男女の違いもそうかも

男性は理論を元に行動するが女性は感情で行動する。これもよく言われることだ。そしてこれも昔から変わらないことだろう。狩猟や採集、農耕などの成果を予測して生きてきた男にとっては、それらの成果を様々な理論で予測してきた。だから、行動も全て理論的になってしまうのだろう。
また、日本の男の子は幼い頃から感情をあまり出さないように育てられていく。男の子は人前で泣くなと言い聞かされる。(海外はどうなんだろうか)
女の子は逆に感情を出すことで、他者と共感する能力を身につけていく。子育てなど集団生活の中で人の感情を汲み取る能力が発達していく。全ての人が極端にこの限りではないし、どちらが優れているというわけではないが、性別による価値観の住み分けは確かにある。それぞれの役割を演じていくのが人間だ。まさにロールプレイングである。このような、性別感の違いによる考え方も昔と現代で変わらない気がする。
昔と現代は違う形で存在しているが根本は同じ。これもそうだ。昔は生活のためにしてきたことが、現代は違う形になっている。
現代の男性はスポーツやビジネスなど戦略を持って競うものを好む傾向があるし、女性の場合はSNSなど感情の共有ができるものを好んだりする。もちろんスポーツ好きな女性もいるし、SNS好きな男性もいる。ここで言いたいことは、あくまでも人間の気持ち良さや、好奇心を感じること、行動原則は基本的に変わっていないということ。つまり普遍的であるということだ。いや恒久的というべきか。どんな時代も幅広い人に共通すること。なんと呼ぶべきなのか、というかこの先も変わらないと言えるのだろうか。

この先も人類の価値観は変わらないのだろうか。

人間の根本的な価値が変わるかどうかというのは、科学が鍵を握っていると思う。例えば科学が発達しすぎて、人工生命とかができたらどうなるのだろう。人工知能でなく、人工生命である。
仮にクローン技術のように生命を作るのが当たり前になったとして、死というものがなくなったら、生存についてのあらゆる危機感は無くなるだろう。そうすると価値観が根本的に変わってしまうのではないか。生存のための食料が不要となるし、他者と協力しあって生きるという考えも無くなる。生存への執着がなくなったら全ての人が堕落してしまうのだろうか。人の価値観はどうなるのだろうか。まるでめちゃくちゃになってしまうのだろうか。意外と変わらないのだろうか。

というかゼルダの話をしたいのだが、だいぶ脱線してしまった。

とにかくこの連休を利用して、トータル10時間ほどやって思ったのが、難しいけれど気持ちがいいということだ。架空の世界の草原を駆け回って風に吹かれる。謎の祠を探検する。
色々とBotWについて調べているとものすごい考え抜いて作られていることがわかります。ゲームの中で起こる事象を物理エンジンと化学エンジンに分けて、それぞれに特性をつけていく。
オープンワールドの中でバランスが破綻しないように調整をしたのだろう、途方も無い作業が予想されます。探検していて、何も無いとこが一つもない。必ず何か発見できる。山に登れば何かがあるし、森の中も遠くを見渡しても必ず何かが発見できる。相当な労力があったのでしょう。どちらかと言うと大人向けのゲームな気がしますね。難しさといい。
まだまだ先は長そうです。

Catcher in the Ray

ゼルダの世界の崖っぷちの草原を駆け回りながら、ライ麦畑でつかまえてを思い出した。主人公のホールデン・コールフィールドくんが、崖っぷちの畑から子どもたちが落ちないようにする仕事をしたい。
みたいなことを言っていた場面を思い出した。この世界の崖っぷちの畑をニワトリを追いかけながらそんなことを思い出した。私の場合ニワトリが落ちないようにしていたけど。結果的にニワトリぶん投げてたけど。

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